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山日記
Key作品の二次創作SSなどを書いてますが主にアニメ。HPもよろしくお願いします。
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今月天鳳90回やってるわ… あと追記。
 お酒の力で雪平鍋と語らう。
 「10点」のつく作品について。

 僕はネットのニュースで見ず知らずの人間を叩くってことをしたくないわけですよ。そういうのが平気な人間にもなりたくないと思ってるわけですよ。
 性善説は割と信じたいと思ってるし、人の気持ちが最大の法ってアニメ作品にはたやすく感動も共感もしちゃう薄っぺらな人間でもある。
 こう、ネットで赤の他人を叩いて得られるものって、架空のコミュニティで「コミュニケーション取ってる感」くらいなものじゃないですか。
 もちろんインターネットを通したコミュニケーションっていうものを否定しようとは思いませんけど、でもそれも匿名の場ではやはり「架空」のものだとしか思えない。少なくとも僕は。
 でさ、それに対して、誰か知り合いがネットで叩かれてるのみたら僕は間違いなく落ち込むわけで。
 その落ち込みと得ているものを比べたら、やっぱその得るものって微々たるものとしか思えない。
 なにか事件とかに対して発言が許されるのって当事者と専門家だけだと思うわけですね。
 こんにゃくゼリーだって、おばあちゃんや孫が死んで悲しいのに賠償目当てとか言われたら死にたくなる。「実際表示に問題はなかったのか?」って裁判所に尋ねてるだけで。
 ありゃ裁判所の判断に疑問符がつくってだけだろ……とか思うのですね。そこは大した問題じゃない。
 その裁判所にしたって、法学部エリートが何回も判例やらで勉強しつくして結論してるわけで、少なくとも僕がどうこう言っていい立場にはないわな、と思うわけだ。なんでかって、無知で無学な僕の的外れな世迷言であっても、それを見て傷つく人は多分いるわけで。
 で、言うのはもちろん自由で、みんな好きなように言えばいいんだろうけど、それを無視してまで発言したいか? と問われると、僕の場合そうは思わないので、なら何も言うべきじゃないと思うわけです。
 専門家が検討しつくした事柄に対して、ろくに勉強もしてないやつが後からごちゃごちゃ言ってるのを見ると、すごい勇敢だなあ、とか思ってしまう。そして史学部の奴と法学部の奴はもっと発言していいんじゃないかなあとも思ったりする。
 というわけで、僕は社会問題や時事に興味がないわけではなく、発言しないだけです。文責ってのは内容の良し悪しだけに留まるものではないと思うので、ですから文責を負いきれない発言は一切したくありません。プロ野球とか客商売に関してはその限りじゃないけど。

 こういう発想を生んだ「フルーツバスケット」が丸々アニメ化していたら、それは「10点」の付く作品です。ほんとに人生観変わってると思うんだよね、あれ読んでから。いやまあ、「人生観変わった!」なんて薄っぺらもいいとこなんですけどね。実際変わってるんだから仕方ないじゃん? 僕はみんなの背中にウメボシを探して生きていける男になりたい。そこまで悟れてないけどな。
 否定からは何も生まれないんですよ……あぁ、はい。アニメとかは割と叩くけどな。あれはどうみても客商売で、自分が受け入れられるか否かが勝負なわけで、あぁ、はい……。



 半荘上級で平均順位2.30なら優秀じゃなかろうか? なかろうか。

打姫オバカミーコ (14) (近代麻雀コミックス)打姫オバカミーコ (14) (近代麻雀コミックス)
(2009/10/27)
片山まさゆき

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 以前この日記のネタにした手順について、寧香さんが解説してくださいました。詳しく言及されてはないけど、あの手順はあがりトップならアリって感じか。麻雀おもしれえなあ。

 デジタルvsアナログ。どの麻雀漫画も通る道だけど、やっぱ面白い。片山まさゆきはアナログ(というかオカルト)を信じる人だと思うけど、多分デジタル麻雀について考察した上で結論したことなんだと思う。
 打点が面前の3分の1に満たない鳴きは入れないという基準がどこから来てるのかはわからないけど、聞き覚えがあるのでたぶん出典はある。なかったらゴメン。
 それにしても、デジタル打法のほうが強そう(というか、デジタル打ちは理論的にほぼ最強)なのはどうにも変われないものだな。あと思いつくのはアナログな情報から読むメタゲームを考慮する/しないくらいしか思いつかない。


あまんちゅ!(1) (BLADE COMICS)あまんちゅ!(1) (BLADE COMICS)
(2009/08/10)
天野 こずえ

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 馬鹿なっ! お前はARIAで、新社会人を応援したはずだ!
 なのに、なぜ……


 ぐ、ぐああああああああ!!!!




 って感じ。
 携帯電話というツールを持ち出してきたことに驚いた。よく考えれば灯里もパコパコ打ってたけれど。
 この人は「手紙」について思い入れが強い人で、ARIAでも印象的な(というか気合いの入った)エピソードのひとつになっている。
 その際どう描かれたかというと、「手紙は形に残る思いである」と。メールとは別物ですよね。どう料理するのか気になる。というかみんな、こんな先進的で時代的な通信手段について考察しないって甘いんじゃなかろうか。ここは掘り下げるべきだろう。明らかに時代を形作ってる文化なのに。
 てことぴかりの関係は、みかんとまなびの関係になるんだろうか。



しゅごキャラ! 10 (講談社コミックスなかよし)しゅごキャラ! 10 (講談社コミックスなかよし)
(2009/10/23)
PEACH-PIT

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 かなりの悲哀がみちみちているように思えた・・・
 誰も手を汚さない、誰も悪者にならないってのはこの流れだと限界だろ。
 離婚届に判を押した和臣さんをとどめるイクト母、てっきり「もうあなたのことを」という展開かと思えば、実は婚姻届け出してませんでしたって、なんだそりゃ。
 亜夢ちゃんに至ると、唯世くんに身を引かせてイクトとべったり。みんな浮かばれなすぎる。

 悪者になりたくないなら恋愛なんてやめちまえよぉ!!!!

 ランミキスゥ消失は素直にビビった。ちゃんとやるんだ。



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硬派な男になりたいと思った
 『乙女はお姉さまに恋してる』のDVDが手に入った。
 ひょっとして思い出が美化されてるだけで、中身はアイドル声優+ギャルゲー原作相応の物でしかないのでは、という危惧が少なからずあったけど、ちゃんと面白くて安心しました! 堀江さんの男の子声はそれだけで価値があります!
 Love Power、今聴くと一人声低いひと混じってる。
 この作品は一歩踏み外すとヤバいという道を踏み外さないで渡り切った。つまりギャルゲー的な下品なハーレム物にも、百合的な潔癖な禁忌方向にも振れすぎず、それぞれのジャンルのいいところだけ回収してる。
 あと、瑞穂くんが女子トイレに入るのを躊躇ってて笑った。けんぷファー、マジヤバイ。
 なんでこれが1クールなんだろうな。実にCLANNADの25%。あれは今後一切起こらないであろう例外中の例外な好待遇なので比べるのも変なのだが。それでも前半は明らかに足りてないから、CLANNADヤバイ。
 おとボク、せめて2クールあればもっとキャラが立って、後半の真面目な部分が活きたと思う。
 それにしてもマジ面白いなこれ。



賭博堕天録カイジ 和也編 1 (ヤンマガKCスペシャル)賭博堕天録カイジ 和也編 1 (ヤンマガKCスペシャル)
(2009/10/06)
福本 伸行

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 ふと閃いたので書いてみる。
 カイジって萌えキャラだよね。
 さっきまでご飯も喉を通らなかったはずが、敵の書いた小説読んでうっかり感動しちゃう。この辺なんか、かなり高密度に萌え要素が結集してません? ツンツンしててもアホで純粋なとこが隠しきれてない感じ。怒った桜蘭高校ホスト部の環先輩みたいなさ。萌えるわ。いや、萌える。
 中身。
 人間黒ヒゲ危機一髪は反応に困る。スプラッターな狂気を怖がればいいのか、シチュエーションを笑えばいいのか。ひぐらしみたいだと思った。詩音と梨花ちゃんが切り結んでるシーンが近い。


東大を出たけれど 3 (近代麻雀コミックス)東大を出たけれど 3 (近代麻雀コミックス)
(2009/06/05)
須田良規 井田ヒロト

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 ギャンブルとか麻雀とかで人間の人生が語れるわけないだろうよというツッコミを入れざるを得ないというか、無理に人の人生を麻雀に当てはめてる感じがする。フリテンと人生の行き詰まりを同列に語ってしまうのはどうなの。「似てるかもしれませんね」としか。中にはぐっと来る話も当然あるんだけど。
 ただやっぱり麻雀が面白いよね、これ。
 2巻にあった、

 七が種切れ、二が現物のリーチに対して五を切って振り込む

 みたいなさ。筋と壁の複合したアンパイ探し。それくらいなら出来るけど、それを利用した引っ掛け三色リーチは打てない。なんでかって他のプレイヤーが気付いてくれる可能性は低いと読むからで。あと攻撃側のとき気付けると思えない。こういう麻雀は楽しいですね。
 それからあの話は素直に面白い。「素直なリャンメンの麻雀じゃ物足りなくなった」というのを、ホントにリャンメンリーチより恐らく優れた形で表現できてるのがいい。
 この人の書く女の子はみんな可愛いから嬉しい。

きみといると 1 (アクションコミックス)きみといると 1 (アクションコミックス)
(2009/05/12)
かがみ ふみを

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 ひぎぃ!
 ギャンブル物より遥かにハラハラするのはなんででしょうね?
 たぶん二人が好きだからだ。うまく行ったら素直に喜べるし、すれ違ったら「なにやってんだよ!」と憤りを覚えるし。若い連中が若いことしてると嬉しくなるよね。
 
アニメ見てマンガ読んで日記書いて寝るだけ
 アニメは先週月曜日まで消化。面白かったのは青い花とかなめも。かなめもかよ。
 感想は下で。


亡き少女の為のパヴァーヌ(3) (BLADE COMICS)亡き少女の為のパヴァーヌ(3) (BLADE COMICS)
(2009/07/24)
こげどんぼ*

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 こりゃもう山鳥推奨図書で。

 今回のお話は、男性向けでは珍しく色恋沙汰の真を突いたものだったと思います。
 男性向け作品は恋愛の前提に、「根付いた好意は覆らない」という意識があるかと思います。たとえば二人がケンカをしても、根底にある好意、恋心は消せないものと誰も疑わない。いったい何人のヒロインが「でも嫌いになれないよ・・・」と呟いて来たでしょうか? それはお話としては綺麗かも知れませんが、現実の感情を美化しているに過ぎません。もちろん美化され尽くした世界が描けるのは創作の特権ですが、その嘘を無自覚に描いてしまう、無自覚に受け取ってしまうというのは、いかがなものかと思います。そういうの批判しようとは思いませんけれども。
 話を戻して。
 現実の対人感情というのは、今回の聖女という名の犠牲者萩さんのように、相手の出方によって揺らぐものだと思います。決して自分の中だけで完結できないというか、決定できない。自分が嫌ってる相手が自分を嫌ってるように感じるのと同じように、相手が自分をどう思っているかによって、自分が相手をどう思うかが決まる。そんなことはままあるでしょう。「相手が自分を好いてくれているなら」という後だしジャンケンに逃げたくなるものでしょうし、自分に良くしてくれる相手に好感するというのが自然なのではないでしょうか。少なくとも恋愛という局面において、相手の拒絶に耐え恋心を保ち続けられる人は稀でしょう。現実にいるとすれば末期の自己陶酔者かギャルゲーのヒロインです。心を開いてくれない竹之丸に心を開けるほど、萩日加里という女の子は自信家ではなかったのでしょう。自分に対する自信のなさが竹之丸に対する不信になり、それが自分への不信と返ってきて自殺という道を選ばせた。
 まず、そういった現実的に理解可能な人間の感情が描かれているという点が評価できる、というか面白い。ああ、何故萩さんころたし。人気投票制は残酷すぎる。
 まあ、失恋で自殺というのはいかにも美化ですが、バイオリンと竹之丸という自分を肯定する材料をすべて失ってしまったことが、衝動的な自殺を招いたというのは理解できないでない。衝動的な自殺って実は少ないよね。これは創作一般に言えることだけど。

 あと竹之丸が萩さんを抱くのは個人的にはアリ。相手を落とす手段として出ないほうが不自然に思います。むしろ、本質的に悪役なんだからこんぐらい汚いことをやってくれたほうがいい。やってることは卑劣なのに作り手がやたら養護するキャラってのもいるけど、そうはならない。やっぱりその辺自覚的だなと思う。いやホントこれ面白いですね。

 以前書いた通りなのですが、主人公の設定により「興味を持つ過程」を省き、ギャルゲーで言うところの「個別ルート」だけを抽出しているこの漫画、ほんと面白い。ギャルゲー的最高出力を維持し続けてるようなもんです。これだけ周到で、なのに嫌味がない作品は珍しい。空きページかあとがきに「竹之丸が惚れっぽすぎるような(汗)」みたいなことを書いておられたが、それほど竹之丸が惚れっぽく見えない。攻略ペース換算ではギャルゲーのコミカライズに比べて可愛いもんですよ。
 亡き少女の為のパヴァーヌというのはバイオリン楽曲らしく、音声の付いた媒体で見てみたいと思うのですがどうか。

 ギャルゲーとの比較が多いのは、竹之丸がターゲットのヒロインに渡す、マリアス・ヘルツというブローチがヒロイン好感度のバロメーターになるという設定諸々がギャルゲーのシステムを意図しているように受け取れるからです。話としても、1人の主人公が複数のヒロインと順次恋仲になっていく点や、その過程に重きが置かれる点なんかがギャルゲーっぽい。



 積んでたアニメ消化。


 衣へ。
 世界は美しい。
 カナシミと涙に満ちてさえ。
 瞳を開きなさい。

 池田ァ! そこで役満作ってどうする! てめーの仕事は親の連荘支援と子の和了阻止だろ!
 プール。
 このあと面白くなるか消化試合になるかで僕内評価が定まるかと思うが、すげー消化試合っぷりだった。

エレメントハンター
 なんという甲子園。

かなめも はじめての、お迎え
 お盆の話は面白かったんじゃないでしょうか? いや、かなめも的には最高の話になる予感。点数的には7に限りなく近い6か、7。
 お盆という日本の生死感を代表する行事についてうまくやったなと。いや、僕も「お婆さんはかなが風新新聞にいること分かるのかな?」と思ったので、それに対する答えは納得させられる。そりゃ生きてる人間の勝手な想像に過ぎないんだけど、それこそが日本的ななにがしかですよ。
 だから、すげーーーあざとい、こんだけあからさまな、かないみかinお婆さんが出るのもまあありかなと。お盆ってそういう行事じゃん? おばあちゃんネタは弱いんですって。
 かなが金魚すくい上手くなって、本物の金魚を貰えたというのは単純にかなの成長と受け取れるのですが、それでもかなの前に現れるのが、祖母の愛なのでしょう。ナスの牛と一緒にゆっくりゆっくり夏が過ぎていく。そして、赤とんぼがやってくる。かなはまた新聞配達、学校と同居人の世話に忙殺されて、少しずつおばあちゃんのことを忘れる。そうしておばあちゃん離れしたとき、もしかしたら、おばあちゃんもかな離れして、どこかで生まれ変わるかもしれない。これこそまさに日本ですよ。
 かなめもでこんなに情緒的な話になるとは思ってもみず。面白かったです。
 いまさらだけど、湿っぽいのをワザとらしい冗談で散らすのがはるか辺りのの気の遣い方なのかもしれませんね。
 射的の景品がノーマッドっぽいのはかないみか繋がりなのか?


 あ、ムダヅモなき構造改革がアニメ化らしいですね。総選挙前だったらヲタ票集まったかもしれないのにね。つーか時期外しすぎだろ。小泉はともかくその下っ端の設定なんてもう覚えてない。
 政治繋がりネタ。社民党の「いのちを大切にする政治」
 「ガンガンいこうぜ社民党!」のほうが語呂がいいと思う。
 
亡き少女のためのパヴァーヌ
 パヴァーヌの前に今日の大正野球娘。の感想。

大正野球娘 第7話 麻布八景娘戯 7点
 20世紀最後の魔球を投げるってすごいな小笠原!
 あと小梅さんモテモテすぎるだろ。そういうのはノーセンキューと言いたいところだが笑えるから許す。
 つーかお姉さまは小梅さん狙いだったのか。思い返すとそんな描写があったような気がする。やっぱりみんなあのホッペに惹かれるんだろうな。あとキャッチャーとして風格がありすぎて、やっぱ笑える。
 後藤沙緒里の彼女は目立つけどキャラ立たんな……ちっこいのがジャンプして箱つぶれたのはワロタ。

 で、サブローは?



 
亡き少女の為のパヴァーヌ 1 (BLADE COMICS)亡き少女の為のパヴァーヌ 1 (BLADE COMICS)
(2008/12/10)
こげどんぼ*

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 亡き少女のためのパヴァーヌ。
 あー、今年度読んだ漫画では間違いなくトップクラスです。なので大きくしてみました。
 そんなわけでちょっと感想書いて見ましたよ。

 まず概要をば。
 舞台は明治。主人公竹之丸は、かつて皆に嫌われ、天然痘にかかり醜い姿になりながら死に瀕した。だがそこで「天使」とある契約を結ぶことで生き長らえる。
 その契約というのは、天使は竹之丸に「絶世の美貌」と「神憑りなバイオリンの才能」を与える。
 そして竹之丸は、代わりに「聖女(マリア)の涙」という宝石を集める。
 というもの。
 さて、そのマリアの涙なんですけど、どこにあるかというと、「竹之丸を心から愛した女性」の心臓に宿っているのです。
 つまり、好感度MAXになった女の子を刺し殺すのが竹之丸の仕事。

 まず前提として、漫画に限らず、文学だろうが児童ポルノだろうが、あらゆる流通品は消費財なわけですよね。夏目漱石だって10回読めば大抵の人は飽きる。これは仕方ない。飽きないなら出版業なんて成り立ちません。
 で、今一般の作り手たちは、「あ、それ飽きちゃいました? でも別のがあるのでそちらをどうぞ」とすることで需要を満たす道を選んでる。そしてオタク産業において一番需要があるのが「可愛いキャラクター」なわけですよ。だからスピンオフにも需要があるし、「二次創作」の需要の大半もそこに根差してる。だから「うまくいったキャラクター」は極力大切に扱うべき。わざわざ売り上げ要素を捨てる必要はない。
 翻ってパヴァーヌはどうか?
 一巻の冒頭で、「竹之丸の演奏に心酔して、金沢からはるばる上京し音楽女学校に入った女の子」が登場する。この漫画の舞台はその女学です。竹之丸はそこの先生の愛弟子という設定。
 その子は純真で一途で、でも両親の反対を押し切って上京するくらい芯のある、そしてこげどんぼ先生が描く可愛い女の子です。この子が話の中心なんだろうなと疑わせない良い子です。
 それが第二話にして死亡→フェードアウト。
 繰り返しになりますけど、飯の種であるキャラクターを使い捨てるなんてキャラクターコンテンツとして最悪の選択なんですよ。
 でもコゲ先生平気。
 たぶん一般的なキャラクター造形より力を入れて作ってる。なのに躊躇しない。平気。
 二巻。一巻で竹之丸に厳しかったシスターの先生が、竹之丸の前でデレた瞬間死亡。「ツンデレはデレたら死ぬ」を地で行ってる。この先生に関しては最高の形で使いきった。
 その先生も、さっきからキャラクターキャラクター言ってるけど、いわゆる「記号的」な十把一絡げなツンデレより遥かに存在感を持たせるのに成功してる。長崎にいた時代に人を殺したことがある、という過去が明かされる。
 でも踏み込む前に死ぬ。なぜこんなことができるのか。ラノベやエロゲだったらそれぞれで一冊、シナリオ一本は作れるだろうに、気にしない。

 この漫画が面白いのは、たぶん「キャラクターコンテンツに対する皮肉」をやってるからじゃない。西尾維新の戯言シリーズの序盤みたいに、ラノベ的キャラクターをぶっ殺すから楽しいわけじゃないということ。
 ではなにが狙いなのか。
 思うに、これは徹底的にキャラクターコンテンツをやってる作品なんですよ。
 キャラクターの魅力。たとえば「一途な女の子」なら、恋い焦がれた相手に命を狙われて、それでも尚想う瞬間に魅力が発揮される。ツンデレなら、デレた瞬間。
 そしてギャルゲーキャラなら、攻略された瞬間。
 この作品は、その後の消化試合を完全に省くことで、実のところ消耗品でしかないキャラクターを最大限生かし、作品の濃度を極限まで高めることに成功してる。
 さらに秀逸なのが、「女の子が惹かれる理由」を完全にクリアした。ギャルゲーの主人公が意味不明にモテモテでムカつくことあるじゃん。これは設定的に完璧。許されるハーレム。

 しかも、「果たして彼女らは竹之丸の容姿と才覚、甘い囁きに惹かれただけなのか?」という疑問が常に残される。竹之丸は、好感度を上げるうちに自分も相手を好きになりつつあって、で、殺さねばならない。その過程が糞なギャルゲーより遥かに丁寧だからたぶんマンネリ化しない。

 そして、第二の被害者であるシスター(僕は好きだった…)は人気投票最下位だったんですよね。そうすると、こんなに必死になりたい人気投票も珍しい。つまり人気があるキャラクターを長生きさせるという基本にも則った、理論上理想的なキャラクターコンテンツなんだと思います。理想を突き詰めた先になにが待っているのか? 目が離せるわけがない。累々と積み上げられた少女たちの死体の上になにが築かれるのでしょうか。

 ここまであざとくやっていながら、一切嫌みがないのはこげどんぼ先生だからに違いない。トップの絵を見てくださいよ。これでやるのがもうね。これはもうこげどんぼオリジナルと呼んで構いません。
 ただ、最近は「キャラクターを売る」よりも「場を売る」のがたぶん主流なので時代に即してるとは言い難いかも知れない。でもまあとらドラ! みたいな作品(恋愛という場が壊れる最も一般的な理由が主題な作品)がまだ売れてるので、あんまり関係ない。


 あー、あと僕こげどんぼの絵、大好きじゃん?
 かなんさん、いたる画伯にこげ先生。三巨頭な。
 頭なり作画なりがぶっ飛んでる女の子が僕のツボってことでもういいです。ともかくこの人らが描いてればだいたい面白い。


 ここまで描いたこと関係なくおもろい。
ヒント:混一がすーぱー☆得意
咲-Saki- 6 (ヤングガンガンコミックス)咲-Saki- 6 (ヤングガンガンコミックス)
(2009/07/25)
小林 立

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「珍しい点数じゃのう」
「ほうか?」
 と発した以外登場しない蒲原さん以下のチームメイトがいるんだけど、だーれだ。カラーでは省かれてる。
 


 麻雀を通しての絆なんてウソだよ。

 だって、衣が勝っても誰も褒めてくれなかった。
 みんな、嫌な顔しかしなかった。

 衣は、唯一孤高の月になるんだ!


 そして衣は、唯一無二の盟友だったハイテイ牌でスーカンツ裸単騎に打ち込み、崖から身を投げる。
 泣きじゃくる龍門淵のチームメイトたち。
 彼女は何を掴もうとしたのか。水面に浮かぶ月だったのか、それとも。
 その答えを知る者はなかった。

 数年後。
 街角のささやかな雀荘だった。
 手書きの看板に「満月杯」の文字。
 客が意味を尋ねると、店主は「卓が欠けないで、みんなが丸く打てたらいいなと思いまして」と答えて笑った。満月の日、この店では毎回麻雀大会が開かれていた。

「皆様お集まりいただき、ありがとうございました」
 スピーカーからノイズ混じりの声が流れる。
「本日はスペシャルなゲストをお招きしておりますわ」
 店主の自信ありげな声色に店内が沸いた。自然に湧き起こる拍手。そして店の奥から、香ばしい匂いが漂ってくる。
「おいおい、誰かと思えば焼き鳥娘じゃねーか」
 あきれたような言葉に、小柄な人影が飛び出してくる。
「吠え面かくなよノッポ! 今日こそ積年の恨み、晴らしてくれるじぇ!」
 その掛け合いに、チラホラと乾いた笑い声が起き、店内が静まる。
「とまあ、彼女はもう常連さんですわね。本日はもっともっとスペシャルなゲストを」
 店主の言葉に今度はホッとしたよな笑い声。
「――女流プロリーグ前期優勝、宮永咲プロですわ」
 そして大歓声。
 といっても、十人ばかりのものではあるが。
 頭を一度下げ、咲ははにかんだ笑みを浮かべる。
「それではひと言お願いしようかしら?」
「え? あ、はい。えーっと……」
「前置き長いし!」
 マイクを受け取ったところで、客の一人が野次を飛ばした。
「あっ! す、すみません!」
 恐縮して店主にマイクを押し付け、そそくさと席に着く。
「皆さんお久しぶりです」
「咲。今日はゲストなんだから、もっと胸張りなさいよ」
「す、すみません」
「だからさー……あなたも変わってないようね」
「決勝見たよ。なんていうか、さすがだったね。意味不明っていうかさ」
「あ、どうも。ありがとうございます」
「別に褒めては……いいや。褒めてる」
「今日こそ勝てそうな気がするんだよね! ゲン担いでプロミスで借りたし!」
 店内ではまた、思い思いの雑談が始まった。
 店主はそれをよそに、そっと窓に歩み寄る。
 カーテンを開き外をうかがう。鮮やかできらびやかな街灯り、色とりどりの人工の光が眼下に敷き詰められていた。まるで咲き乱れる花のように。
「頃合いですわね。そろそろ始めましょうか」
 言いながら、最後に欠けていた卓に腰掛ける。
 カーテンは開いたまま。


「それでは東家の方、仮仮親のサイを降ってください!」


 そして空には真円の月。


 ―完―

あとがき


「先輩は登場しません」
「ほうか」



どきどき!たまタン 1 (講談社コミックスなかよし)どきどき!たまタン 1 (講談社コミックスなかよし)
(2009/07/17)
こげどんぼ*

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 あらすじ
 タマたんは節約上手な小学生の女の子。すーぱー☆ふつうの毎日を送っていました。
 しかしある日いろいろあって、「月乙女」と呼ばれる「月姫」候補に選ばれたタマたん。
 タマたんは月姫になれるのか?


 アルクェイド?
 と思ったそこのお前は脱落である。

「月姫? へえ、そんなお話があるんですか? 偶然ですね」

 というこげどんぼ先生の余裕がニクい。こげどんぼ先生が知らないわけねーっての。
 あと、
 タマたんのクラスは実は月乙女候補が集められていたのだよ!
 という設定でエヴァ思い出すそこのお前もすーぱー☆ダメダメだょっ!(キャハッ)
 そんな作品。

 整合性とか伏線とか無理ない構成とかっていうのは、持たざるものの小手先の技術なんだなと思いました。
 クラスメイトが実はアイドル! くの一! 天使の子孫!
 いやほんと、一瞬脳みそが腐って耳から滴り落ちるかと思いました。勢いってすーぱー☆すごいネ。
 
とりあえずパンプキンシザーズ。
 パンプキンシザーズ11巻。
 パンシザの感想は気合が要りますね。


「なぜ殺人を犯してはいけないのか」
 という根本的命題に答えを示した巻でした。
「よく分からないけどダメだとは思う。でもなんでダメなの?」
 と問われての答えが、
「お金を捨てたやつがお金の大切さを語っても誰も共感しないように、人間を否定した者は人間的感覚を他者と共有することを否定されるから」
 とのこと。そういう利己的な思考の上にダメだよ、という。
 理論としては、微妙。
 「殺人」という罪の本質は他人がどうとか、そういう道徳観念に根差したものではないと僕は思います。たとえば、社会道徳なんて糞くらえ! と叫んだ「涼宮ハルヒ」でさえ殺人は望まなかったわけで(そんな話あったよね?)、そういう意識が誰しもの根底にあるのを鑑みると、「殺人を犯したら社会的(対人関係レベルという意味での)に抹殺されてしまうから」という理屈がそぐわないように感じる。説明としては、「なんだかよく分からないけどダメ」という感覚に優先されない。そもそも、「他人なんかどうでもいい」なら殺していいのかと言えば、んなわけない、という。
 また、「お金を捨てた人間がお金の価値を語っても」ということと、「お金の価値それ自体」に関係はない。人間を否定した人間は否定されていいというのは、心情として納得できるとしても、理屈としては正しくない。あくまで理屈上の問題だけれど。
 しかし一方、「問いを発する誰かを納得させるため」に示される論理としては、優れていると思います。殺人を犯せば、その「問いを発する」ということすら否定されてしまう。「他人」に「答え」を求めようと言う質問者はそんな事態望まないはずで、その意味で一定の説得力を持っている。
 また、「善悪は法的刑罰の有無による」という割と一般的な意見に対する答えにもなってる。たとえば「戦争だから構わないのではないか」という類の主張。「法的に罰せられることのない殺人も許されない」という答えになってるわけですね。
 「戦災復興」≒「戦争」がテーマな「パンプキンシザーズ」のテーマの核になる答えが示された、と思います。
 そしてパンプキンシザーズという作品の真価は、
「人間を否定した者は、人間的感覚を否定される。つまり、
『罪を懺悔し許されたい』という思考さえ許されなくなる」

 と一方で断じておきながら、しかしもう一方で「それでも許されたい」と願う人間を描くことにあるでしょう。
 「対立勢力」の両者の正義を描くという構造は、最近では基本になりつつあると思います。しかし、「対立する主張」の片一方を支持しながらもう一方を否定しないって態度は実は珍しい。「能動的に人を殺してしまった人間はどうあっても許されてはいけないのか?」という別の主張を繰り出せる。それが描けるのがパンシザか。


「人が自分の人生の外に力を向けねばならない状態が戦争である」
「自分の人生の責任を「戦争だから」と「外敵」に押し付けず、自分で背負えるようになったときが「戦災復興」の終わりである」
 という主張が別にあるのですが、「人間が外力によって否定される状態」が戦争である、つまり「人間が外力によって否定される殺人」が否定されるように戦争を否定しているとも受け取れる。そういう意図があるのかどうかは知らないけれど。
 あと、たとえばこの「戦争」ってのは、受験戦争ってな言葉、人が外圧に促されるままにしか生きられない状態を戦争というなら、まさに戦争なわけですね。


 「そっちはそっちでがんばってください。僕は僕で勝手に考えます」みたいな作品になりつつある気が。

 それにしても、「撃たれても切られてもなかなか死なない主人公をメインにした戦争物」ってものすごい地雷臭がするのに、それでも面白いんだから不思議だ。今までは別の話がテーマだったからか。あるいは「撃たれたら死ぬ」とか、そういう当たり前のことは分かってて描いてるんだろうなという安心感があるせいか。


Pumpkin Scissors 11 (KCデラックス)Pumpkin Scissors 11 (KCデラックス)
(2009/04/17)
岩永 亮太郎

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本腰入れて感想書く月間とします。
 こんなタイトルだけど、今、人に伝えたいのは「抜けた鼻毛が白かった」というただ一点である。まじまじ眺めて泣きそうになった。こりゃもうダメかもわからん。リアルタイムアニメ視聴がしんどくなるはずだし、「明日に差し支えるから」という考えに従属してしまうはずだ。
 「冒険でしょでしょ?」を聴いて社会の呪縛を吹っ切ろうと思ったが、CD探すのすら面倒だったんだ。



 歳をとるって寂しいな。

 オタクは気力だな。

 他人に後ろ指さされても、なにくそと踏ん張って貫く根性だ。

 高校生が電車の中で、

 「三代吉カワイソウw」

 と話していた。

 「だが待って欲しい、三代吉はカワイソウではない」

 と説教したのち、自宅でDVD鑑賞会を開くことが、俺には出来なかった。

 美汐が報われるためにどうすればいいか、授業中にレポートしていたころは、出来たはずなんだ。
 
 俺は悔しいよ。

 悔しくて、たまらんよ。



 そんなわけでこれからオタクらしく本腰入れて感想書きます、多分。
 


 追記:
 冒険でしょでしょ? が出てきたのは本当に本当にタマタマなんですけど、新作やるんですか?
 「第一巻の内容を軸に据えるための再構成」は大成功だったと思うので、新作を織り込むって手法は面白いなと思います。後付けってのが引っかかりはするものの。「憂鬱」は前の形が完成形と思うんだけど、ハルヒを作った連中ならもっとやってくれるに違いない。違いないったら。
 
あれは幻の旗だったのか
 はろはろ皆様お元気? 乳酸菌取ってるぅ? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK? ところで君の後ろに立っている人は誰?

 この辺で飽きた。
 これからはテンション上げてこうと思ったけど失敗した。



されどわれらが日々― (文春文庫)されどわれらが日々― (文春文庫)
(2007/11)
柴田 翔

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 この「されど我らが日々」っていうタイトルを見たとき、瞬間的に「goodbye blue days」って英語が頭に浮かんだのね。ちょっと不安だからエキサイト翻訳にかけてみたら、ブルーデーやっとおわったあ! みたいな意味になっちゃってて、ネイティブスピーカーとかにバカにされるんじゃないかと不安に駆られたけれどまあともかくそんな英語を思い浮かべたのさ。
 あと、幼なじみ兼主人公の婚約者な節子さんの手紙の文面みたときに、まなびストレートの稲森美香、通称みかんのアメリカ留学という決意を思い出したわけです。自分で自分を肯定できるようになるために、他人の目から見ても肯定されうることをしようという、石動乃絵風に言えば「飛べる人」になろうというアレだと思った。
 結論は特にない。まなびストレートやtrue tearsみたいなアニメがもっと増えたらいいな。



 ふと思ったが、クドはロリキャラなのか?
 ありゃ胸が無くてちっちゃいだけで幼女とは程遠くないか? まあ特殊性欲の対象という意味ではそれでいいのかも分からんけれど、しかしロリキャラとは別種の存在であるのではないかという疑問がある。
 つまりロリってのは精神的な存在なのではないか、ってことだ。
 ロリキャラっていうのは、ああいう風に共依存的でネガティブな恋はしないと僕は信じてる。なぜならロリというのは生きていることそれ自体に光を見出しているからで、つまり生活することそれ自体が楽しいという究極の幸せ人間なのだ。その光源は他人の影をも打ち消す。ロリにおいては幸せはスパイラルするものではなく、自然発生するものだと言っても過言ではない。
 そういう意味で真のロリキャラとは鈴なんじゃなかろうか。鈴がただ生きて動いているというそれだけで僕は幸せである。鈴自身もきっと幸せであろう。
 恭介は鈴のそんなロリっぽさを摘み取ろうとした、(21)の風上にも置けない罪人なのではないか。

 ということを考えたけれど僕にはあまり関係のない話題である。
 


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