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| プロフィール |
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Author:山鳥
SS書いてます。 連絡は★を@半角で。hcv-197-yama★hotmail.co.jp
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| けいおん! 最終回(と、特別編)を終えて。 |
「人物描写に力を割いていた」という印象に間違いはなかろうと思います。まあ見りゃ分かることだけど、スタッフが最も重きを置いたのがそこ。原作未読につきどこまでがアニメスタッフの意図だったのか判然としないのが残念ですが、やはり一年目二年目と「同じイベント」を繰り返して見せたことはアニメ構成の上で意図的であったと言えるでしょう。原作はおそらく連載していく中で、実際の季節の巡りに合わせたかそれに準ずるような形で作中の時間が流れたのでしょうが、そこからエピソードを抽出する上でこのような形にしたのはやはり意図的と見るのが自然と思います。 以前の感想で二度の合宿の差は書いた気がしないこともあったりなかったりなのですが、この二年の対比こそがアニメ「けいおん!」の目的であったと考えます。たとえば、わき目も振らずに街を疾走する唯というのは一年目には考えられないだろうし、唯の穴を埋めようという澪の姿勢も大分変わった。
んで、特別編「冬の日!」はみんなで過ごしたクリスマスとの対比でしょうか。合宿やライブのエピソードと違い、「変化そのもの」というよりかは「変化の過渡期」の表現といった印象を受けました。 例えば、紬のアルバイト「お嬢様」と思われたくない、と思うだけだったのが行動に移ったのだろうし、寂しがりの澪が独りで海に行くというのも余り考えにくいことだった。これはライブのときに垣間見えた責任感の芽生えでしょうか。「イヤイヤやっていた」ことが段々好きになっていく過程のような。 律が色恋ってのも。梓だってあずにゃん二号て。脳ミソ緩み過ぎだろ。あと梓は、相手の気持ちよりは自分を優先する人だったのだろうけど、それが猫を預かってみせたり。 しかしながら、澪は寂しがりだし紬は失敗に免疫ないし、律は律だし唯はやっぱりアホだし、唯に対する梓の怒りは理不尽だし。そして最後はやっぱり明るい場所でみんなで遊ぶのですが。「やっぱりみんな変わってませんでした」という風に締めてはいない。 色彩の薄い暗い冬の日を経て、やがてカラフルな情景に至る。そうすると「冬の日!」ってなサブタイの意味が見えて来ませんか? このエクスクラメーションがなんとも前向きでステキじゃありませんか。
さて、あえて紬にスポットを当ててみたい。 紬がアルバイトを始めるっていうのは、「放課後ティータイム」の危機である。みんなと一緒に過ごす時間を犠牲にしてまでバイトしてるわけですから。 その理由についてちょっと考えてみたい。 一見すると紬はみんなに距離を置いたようではある。しかしながら、紬はもともと不参加感というか、浮いたような感じを滲ませていたように思えるのです。 想像すると、おそらくは身分の差、タダで楽器を直してもらえちゃうような境遇が、それを生んでいたのではないでしょうか。 たとえば「○○するのが普通の友達」というような、伝聞で得た知識しか持ち合わせてない節がありました。みんなで楽しくお茶したり、放課後レストランに入るのにやたら喜んでたり。あと学園祭の準備のときの力仕事。あれも「共同作業」という友情像の一環だったのかもしれません。 そしていざ仲違いしてムードが険悪になったときには「お茶にしようよ!」てなね。 やはり実際の経験の少なさ、人間関係の構築の不得手さを感じます。生粋のお嬢様ということで、みんなに特別扱いされるから「普通」がなにかわからないでいた。 そこで紬が考え出したのがマクドナルドのアルバイトだったのではないでしょうか。みんなと同じようにアルバイトでお金を貯めて、同じように遊んだりできるようになる。できるようになりたい。 つまり、距離を置いているように見えて、さらにみんなと仲良く楽しく過ごせるようになりたいと思って始めたその第一歩が「冬の日!」だったと。
総評すると7点でしょうか。吉田玲子見直した!
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