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山日記 ちょっと真面目にAngel Beats!を語ってみよう
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山日記
Key作品の二次創作SSなどを書いてますが主にアニメ。HPもよろしくお願いします。
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ちょっと真面目にAngel Beats!を語ってみよう
 さてさて絶賛放映中のAngel Beats!であります。真面目に語ってみるよ!
 とはいっても7話現在で僕はこのアニメが凡作であるということを否定するすべを持たないわけですが。少なくとも他の要素を排除して放映された作品のみを見る限り、低評価にせざるを得ないところかと思います。
 敢えて敢えて具体的に申し上げるのであれば、今のところ物語の主幹を成してる各々の過去話が共感に値しない、話自体が定型的で真に迫らないという決定的な弱点がございます。取って付けたようなエピソード。君たちは世界で一番不幸かもしれないが、今僕も十指に入る程度には不幸だよなって気分になる。
 なにが共感を妨げるかと言いますと、彼ら彼女らの不幸は彼ら彼女らに一切ハンデや重荷をもたらしてないんですよ。過去に起きた悲しい出来事がキャラクターに影を落としたりしてない。明らかな描写不足が原因ですね。
 しかしながら、麻枝さんならなにか意図があってやってるんじゃないかと考えているからこそ、視聴を続けているわけです。

 そんなわけで本題。麻枝准の過去作品を踏まえて今回の狙いを予想してみたい。
 というわけで鍵の過去作品のネタバレあるかも。



 AIR発売後からのド素人の言など釈迦に説法(あるいは的外れ)かもしれませんが、鍵作品に共通の構造を挙げてみます。
 ストーリーの構造はもう言うまでもなくAngel Beats!にも受け継がれた、ギャグのちシリアスの形。「CLANNADを20分に縮めてみた」的なAngel Beats!すげえ! ごめん嘘。まあこれは別にいい。もうひとつ、奇跡システム。待ち受ける/起きてしまった不可避の過酷と、それを退けるための仕掛け。光の玉ですね。
 さてこの奇跡システムは、Angel Beats!に存在するんだろうか。あるとすればどのようなものなのか。メインシナリオが終わらないと断言し難いというのは鍵ゲー大好きな皆さんならお分かりでしょう。
 Angel Beats!では少なくとも、出来は悪くとも、奇跡システムの構造が持つ「不可避の過酷」らしきものは前半で提示されている。だからここまでは、従来の鍵シナリオの定型は踏まえてると言えそうです。

 しかし僕は、Angel Beats!には従来というか、CLANNADまでの奇跡システムと呼べるものは存在しないか、するとしてもかなり形が違うんじゃないかと考えています。
 なぜかというと、智代アフターアフター、リトバスEX沙耶シナリオと、最近の麻枝准単独のお仕事をみたところ、「過酷の回避」の意味合いがCLANNADなどとは趣が変わってきてるんじゃないかなと思うんですよ。つまり「現実起きる奇跡によって過酷の発生が回避される」のではなく、「過酷は起きてしまうけれど、その過酷を過酷と思わないだけの強さを当事者が得る」ことで回避される。奇跡が発生するのではなくて、言ってしまえば大変真っ当な現実的手段によって過酷と対峙する構成になってきている。過酷を乗り越えるだけの心の強さや覚悟こそが奇跡を起こすのであれば、奇跡が起きなくてもきっと昇華できるんじゃないの? といったように。
 さてAngel Beats!はどうでしょう。非業の死を迎えた人間が、現実ではない場所で本願を遂げようとあがく。この設定は朱鷺戸沙耶シナリオに通じるものがあります。沙耶シナリオはつまり、不遇を無かったことにして現実を否定するのではなく、現実の過酷と向き合って自らその虚構の世界に別れを告げる物語です。あるいは、生きていた時間を肯定することで、時間は不可逆ながら過去の過酷が昇華される。この流れこそが沙耶シナリオ-Angel Beats!に通じているのではないでしょうか。
 ですが、沙耶シナリオとも決定的に違う点がAngel Beats!にはあると思うのです。つまりリトバスEXでは、沙耶の意思とは無関係にいつか世界は終わってしまう。虚構の世界にはタイムリミットが存在したからです。それならば次善の策として「納得して消えていく」という選択はありうる。(ずっと遊び続けるシナリオもありますが、あれも長続きしないでしょう、おそらく。)
 そうでないなら、わざわざ自分が完全に消えてしまうという選択を人間が取るということは余程でない限りありえないわけです。
 しかしどうもAngel Beats!の世界にあっては、「抵抗し続ける限り生きていられる」らしいと。だとすれば、抵抗し続けない理由が僕にはわからんわけですよ。無論どういう条件で「成仏」が起きるのかは分かりませんが、拒否する限り生きていられる。
 「自分が消えてしまってでも、自分の人生を肯定する」なんて、そんなことができるのは聖人君子、仙人だけです。例えば拷問されて命を落とすくらいなら、大概の人は自分の主義主張なんぞ捨てるでしょうし、人生の否定だってするでしょう。それが過酷で認めがたいものだったならなおさらです。
 にもかかわらず、そこで彼女ら彼らが、あの世界から消えてしまってでもいいと考えるだけの理由と、仕掛けをAngel Beats!は提示してくれるのでしょうか。というか、提示しなくてはなりません。「夢の世界」を生きる、生きたいと願う人間に、「不可避の現実の過酷」を突きつけることで夢から叩き起こした。過酷を前にしての決断を説いた。
 しかしAngel Beats!にあるのは、もうどうしようもない、おざなりな過酷と、望めば続く夢の世界です。果たして人間は夢の世界で生きてちゃいけないんでしょうか? 麻枝准はどんな答えを用意するのでしょうか。そこを最大の焦点として視聴を続けて行きたいと思います。

 Angel Beats! はダーマエの歴史の終焉かもしれない。でも、新たな出発でないとは言い切れない。そんなかんじ。8:2くらいに見えるけど。
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この記事に対するコメント

>もうどうしようもない、おざなりな過酷と

そんなにおざなりですかね?w
既に、生前の彼ら(SSS)には、それなりの過酷があったわけですし、
(※今のところ、音無と岩沢のみしか明確に“理不尽による死”は提示されていませんが、
少なくとも音無の回想に関しては、時間の制約と内容の充足度の相反する二つを考慮したうえでも、
完成度の高い、十分高密度な内容だったようにも思いますけどねー。)

その生前に夢を志していた時間に対して、未練を感じたものがあの世界に召喚されているわけで。
まあその一方で、あの死後の世界そのものには過酷らしき過酷は皆無に等しいですが。

しかし、あの世界で生前のことを思えば思うほど、自己嫌悪に陥り、
気が狂いそうになるように思います。
それを思えば、SSSのメンバーは気が狂いそうになる孤独な精神を保つために、
その理不尽な過去から心を砕かないために、自然と集まったチームなのかもしれません。
いわゆる、「類は友を呼んだ結果」がSSSなのでしょうね。
(SSS⇒理不尽な過去から目を背けたいがために、逃避の果ての拠り所として成長した組織?)


>Angel Beats! はダーマエの歴史の終焉かもしれない。でも、新たな出発でないとは言い切れない。

作品のコンセプトとして、プロデューサーから求められたのが
「純正なるkey路線」とのことだったので、今後の出発点になるであろう要素は隠れているかもですが、
最終的な作中の結論から未知なるものが発見できる可能性は、低いでしょうねぇ・・・。
一度、100%コメディの作品を読んでみたい気はしますがw
【2010/05/21 03:52】 URL | 鍵っ子な人 #- [ 編集]


未練残して過酷な死に方した人が皆あの世界にいけるのなら、人口どんだけだよってはなしになりますよね!
野球でエラーして薬物中毒で死亡でいいんなら、過酷な労働で過労死もOKなのに。
同年代の人間しか集まってないとことか、TKは知らないけど日本人しかいないとか、そういう明らかに破綻してる設定がヒントなのかもしれないけども、それを受け入れて見ていくにはあまりにも話が面白くない。

AB!で今のところやってるのは、現実と向きあうな!って話かと。
過酷な現実を受け止めるな。逃げろ。忘れろ。抵抗しろ。そうしたら、ずっとここにいられるぞ。死んでるけど。
死んでるのに成長も何もあったもんじゃない。強くなっても意味がない。そんな世界設定にしてるので、これで「消えることが成長だ(キリッ」とかやられたらマジで困るんですけど…。

単純に、だーまえが、やっちゃったんじゃないかな… 

【2010/05/21 04:31】 URL | いくみ #VBuD5iCI [ 編集]

Re: タイトルなし
 どうも、コメントありがとうございます。やはり嬉しいものです。

> >もうどうしようもない、おざなりな過酷と
> そんなにおざなりですかね?w

 音無単独のお話は僕は悪いもんじゃなかったと思います。描き方もうまいこと密度を上げてましたし、「くじけて、でももう一度人生を歩き出した人」が非業の死を遂げるという話自体も叩くところじゃありません。
 しかし他のエピソードは見覚えのある話を工夫なく描いただけのような印象が拭えませんし、思い返したくないというのであれば、そもそもベタベタと描かずに匂わせるだけでも十分だと思うんですよ。回想に時間を割かずに別の描写に力を入れる選択もありうる。そこで過去のエピソードをぽんと挿入して、それが設定などの関係上仕方ないにせよ、キャラクターの心情などに活かされず、その構成を間隔を置かずに連続するのは、安易な方法のように思えます。


> しかし、あの世界で生前のことを思えば思うほど、自己嫌悪に陥り、
> 気が狂いそうになるように思います。
> それを思えば、SSSのメンバーは気が狂いそうになる孤独な精神を保つために、
> その理不尽な過去から心を砕かないために、自然と集まったチームなのかもしれません。
> いわゆる、「類は友を呼んだ結果」がSSSなのでしょうね。
> (SSS⇒理不尽な過去から目を背けたいがために、逃避の果ての拠り所として成長した組織?)

 これはそうかもしれません。それにしてはゆりっぺなど自分で話しちゃってたりもしますが、過酷な記憶からの逃避こそがSSSの目的である、というのは大変ありそうな話だと思います。


> 作品のコンセプトとして、プロデューサーから求められたのが
> 「純正なるkey路線」とのことだったので、今後の出発点になるであろう要素は隠れているかもですが、

 あんまり純正なKeyって感じがしないようなw
 本当とすると、今後やはりなにか仕掛けが明かされそうですね。さてどうなることやら。


> 一度、100%コメディの作品を読んでみたい気はしますがw

 これは期待したいw 
【2010/05/22 00:10】 URL | 山鳥  #- [ 編集]

Re: タイトルなし
> 未練残して過酷な死に方した人が皆あの世界にいけるのなら、人口どんだけだよってはなしになりますよね!
> 野球でエラーして薬物中毒で死亡でいいんなら、過酷な労働で過労死もOKなのに。

 普通に天寿を全うした爺様だって全然オッケイですよ。さんざんお薬楽しんで未練ってフリーダムだなあって思いました!


> AB!で今のところやってるのは、現実と向きあうな!って話かと。
> 過酷な現実を受け止めるな。逃げろ。忘れろ。抵抗しろ。そうしたら、ずっとここにいられるぞ。死んでるけど。
> 死んでるのに成長も何もあったもんじゃない。強くなっても意味がない。そんな世界設定にしてるので、これで「消えることが成長だ(キリッ」とかやられたらマジで困るんですけど…。

 そうなんですよね。今のお話だと「苺ましまろ」とかの方が可愛いし面白いよねってことにしかならない。一発逆転するならば「消えてでも肯定すべき人生のなにか」みたいのをババーン! とバッチリ見せつけるくらいしかない。しかもあんな世界で死ぬとか生きるとか語られてもドン引きするしかない。わずか7話でここまでハードルをガン上げしただーまえがどうやって飛び越えるのか、あるいは躓くのか、これはもう楽しみにするしかない。


> 単純に、だーまえが、やっちゃったんじゃないかな… 

 だ、大丈夫、まだあわてるような時間じゃない…
 
【2010/05/22 00:19】 URL | 山鳥  #- [ 編集]


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